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世界で日本語と同じ文法の言語ってあるの?それは何語?

世界には、約7,000以上もの言語があると言われているそうです。

日本語とは、世界では特殊な言語なのでしょうか?

また、日本語と同じ文法の言語はあるのでしょうか?

世界で日本語と文法が似ている言語はあるの?

外国語の中で、日本語と同じ文法の言語はあるのではしょうか。

実は、日本語と文法の似ている言語は世界にいくつも存在します

最も代表的なのは、お隣の韓国で話されている韓国語です。

文字こそ大きく違いますが、文法はよく似ていると言われます。

実際、日本語と同様に韓国語も、主語+目的語+動詞の組み合わせで文章を作ります。

動詞に助詞をくっつけることで色々な意味をつける、という構成も同じです。

もちろんまったく同じではないのですが、近い部分が多いので、日本語話者にとっては習得しやすい言語の一つのようです。

他に、トルコ語とも似ていると言われます。

一時期は、日本語とトルコ語は同じ言語グループではないかという説もあったほどです(現在では否定的な見方が多いようです)。

しかし、少なくとも文法面では似ている部分があり、ヨーロッパの言語に比べると習得しやすい言語の一つとされているようです。

他にも、モンゴル語なども似ていると言われることがあるようです。

このように同じとまでは言えなくても、文法が似ている言語は存在します。

では、どのような文法が似ていると定義されるのでしょうか。

 

文法の大きな区別は3種類

言語学では、文法のグループを大きく以下の3つに分けることがあるそうです。

  • 膠着語(こうちゃくご)
  • 屈折語
  • 孤立語

日本語はこのうちの「膠着語」に入ります。それぞれ具体的に見ていきましょう。

 

膠着語(こうちゃくご)

「膠着語」は、単語に助詞などの機能語をくっつけることで文章を成立させる言語のグループです。

例えば、「私は日本語を勉強します」のように、「私」「日本語」「勉強し(=勉強するの連用形)」という単語に「」「」「ます」という単体では意味を持たない言葉(機能語)をくっつけることで、文章を作っています。

また、膠着語は語順がSOV型(主語+目的語+動詞)であることが多い傾向にあるようです。

先ほどの例文も、「私【は】」(主語)+「日本語【を】」(目的語)+「勉強し【ます】」(動詞)となっています。【】が機能語です。

上で例示した、韓国語、トルコ語、モンゴル語も、このグループの所属です。従って、文法が似ていると言えるそうです。

 

屈折語

「屈折語」は、単語を変化させることで文章を成立させる言語のグループです。

有名なところでは、英語が屈折語に属します。他にも、多くのヨーロッパ系の言語はこの屈折語になります。

上記例文をそのまま使うと、「私は日本語を勉強します」は英語では「I study Japanese.」となります。しかし、過去形になると「I studied Japanese.」と動詞の形が「study→studied」と変化します。

日本語では「私は日本語を勉強しました」のように(ます→ました)、くっつく言葉が変わるだけで元の「勉強し」は変わりません。

他にも、「私」は「I」ですが、意味によって「my」「me」「mine」など言葉そのものが変化します。

「私【は】」「私【の】」「私【に】」「私【の(もの)】」と「私」を変えずに機能語を使い分けて意味を変える日本語とは、この点が大きく異なります。

 

孤立語

「孤立語」は、単語が一切変化せず、語順でのみ意味を表す言語のグループです。

中国語が有名です。

「私は日本語を勉強します」は「我学日語」で、「私は日本語を勉強しました」は「我学日語了」となり、了が加わっただけで、ほかの言葉はまったく変化しません。

孤立語には、日本語の助詞にあたるものがないため、もっぱら語順で意味を表します

中国語はSVO型で、主語+動詞+目的語というかたちをとります。例文では、「我」(私は)+「学」(学習する)+「日語」(日本語を)となっています。

このため、語順を入れ替えても構わない日本語と違い、中国語では語順を入れ替えることはありません。語順を入れ替えると、意味が変わってしまうためです。

他に、抱合語というグループもありますが、ここでは省略します。

 

日本語の特徴

では、日本語は多くの人が学びやすい言語なのかと言うと、そうとも言い切れないようです。

実際、アメリカの外交官養成を行う国家機関が出している、外国語の学びやすさをランク付けしたものでは、日本語は最も難しいカテゴリーに入っているそうです。

外国人が日本語を難しいと感じる点はいくつかあるようですが、文法的な部分に絞ると、主語の扱いが違う点や主語の省略が難しく感じるようです。

 

主語のようで主語でない言葉

日本語は、主題優勢言語と呼ばれるグループにある言語で、文章の中で重要なのは主語ではなく「主題」(~についての話)と言われています。

例えば、飲食店で友達に「何飲む?」と聞かれたとき「私はビール!」と答えたとします。日本語話者はこれに不自然さは感じないと思いますが、英語に直訳すると奇妙な文章になります。

「I’m beer.」

「私はビールそのものだ」というおかしな文章になってしまうのです。

なぜこんなことが起きるのかと言えば、「私はビール」の「私」は「【は】」が付いていますが英語で言う主語ではなく、主題だからです。

ここでは「私は」というのは、「私のことについて話すよ」という印でしかありません。

したがって英語に訳す場合は、「Speaking of me, I wanna beer.」のようにする必要があります。直訳すると「私について言えば、私はビールが欲しい」です。

しかし、英語は主語優勢言語なので、主語が重要で、主語があれば主題を示す必要はないので通常は「I wanna beer.」で十分です。

このような英語に直訳すると奇妙な文章になってしまうタイプの文章は「うなぎ文」と呼ばれるそうです。

「うなぎ文」という言い方は、日本語研究の大家である金田一春彦氏が、料理の注文の際に行われる「僕はウナギだ」という会話を日本語の省略文の一つの例として取り上げたことに由来し、奥付敬一郎氏が著書「『ボクハウナギダ』の文法」でさらに研究したことで広まったようです。

 

主語の省略

さらに、日本語は主題が提示されていれば主語が必須ではないので、会話や文章の流れなどで主題が明らかであるときには、主語が省略されることが非常に多くなります。

A「今日って雨降るのかな?」
(Bは窓の外を見ながら)
B「うーん、降りそうだね」

よくありそうな会話ですが、どちらの文にも主語はありません。

これを英語では
A「Do you think it will rain today?」
B「Hmm… It looks like rain.」
のように表します。

Aは「あなたは今日、雨が降ると思う?」と主語である「あなた(you)」が明記されますし、Bでも「It」という主語が使われます。

一方、日本語では、主題となるAがBに意見を聞いていることが明らかなので、わざわざ「あなたは」とは言わないのが普通です。

同様に、Bでも「降る」のは雨であることが明らかなので「雨は/雨が降りそう」とは言いません。

ちなみに、最初のビールの例文でも1対1で丁寧語を使う相手でないなら、「私は」すら不要で「ビール」のみでも通じます。聞かれている人が自分のことについて言っているのが、明らかだからです。

ヨーロッパ系の言語を母語としている人々にはこの感覚が分かりづらく、日本語は難しいという印象につながる1つの理由となっているようです。

 

日本語の発音

もうひとつ、日本語の特徴の一つとして、発音のバリエーションが比較的少ない言語だということが挙げられます。

英語は母音が15個ほどありますが、日本語では5個(a、e、i、o、u)しかありません。

日本語の母音数は全言語の中では平均的だという研究もあるそうですが、世界のいろいろな国で話される英語などの主要言語と比較すれば、少ない部類に入るようです。

そのため、音が同じなのに意味が違うという同音異義語が多く、日本語話者でさえ間違えることがあります。日本語話者はたいてい、文脈とアクセントで同音異義語を使い分けているようです。

他にも、文字を漢字・ひらがな・カタカナの3種類使い、漢字には読みが複数あるものも多いという点が海外の方は難しいと感じるそうです。これも日本語の比較的特殊な部分と言えると思われます。

 

日本語は特殊なのか?

前述の通り、日本語は外国の人にとっては難しい部分があるようです。

しかし、日本語は特殊なのかと言うと、言語学的には「さほど特殊な言語ではない」と言えるようです。

日本語と同じ「膠着語」に属する言語もたくさんあり、語順がSOV型の言語も世界の言語の半数近くになるという研究もあるためです。

韓国語やトルコ語など似ている言語では、主語の省略も行われます。

したがって、文法という点において、日本語は比較的ありふれた言語の一つだと言えそうです。

ではなぜ、文法的にはそう特殊でない日本語が、日本では国際的に特殊で難しいというイメージがあるのでしょうか。

1つは、英語に代表されるヨーロッパ系の言語が屈折語のSVO型であり、主語優先型言語で省略文が少ないことなどが要因だと考えられます。

現在、国際的な共通語は英語であり、他の先進国もヨーロッパに集中していることから、英語を母語にする人々やヨーロッパ人の基準で国際的な物事が語られることが多いです。

7,000近くある言語全てから見れば文法的には特殊ではない日本語も、ヨーロッパ人の視点から見れば、違いの大きい難しい言語だという認識になります。

これは逆に、日本語話者の視点からヨーロッパ系の言語を見ても、同様でしょう。

このため、日本国内では「ヨーロッパ人が日本語を難しいと思うのは、あるいは日本語話者がヨーロッパ系の言語を難しいと思うのは、日本語が特殊な言語だからに違いない」という一種の思い込みになっている可能性があるそうです。

また、1960~80年代に「日本は特別な国だ」という「日本人論」が活発に議論されたそうで、その影響から日本語は外国語と違って特別・特殊なのだというイメージが広まったとも考えられているようです。

しかし、これは実際はイメージに過ぎず、日本語は広い視野で見ればありふれた言語の一つと言えるようです。

自分たちの言葉を大切にしつつ、いろいろな国の言語に触れると世界が広がっていく側面もありますので、興味がある方は日本語話者だから無理だと思わず、外国語の習得にチャレンジしてみるとよいかもしれません。